バレエの学びは言葉から始まります。基本ポーズの名前が一致しないまま形だけを追うと、先生の合図を取り逃し、上達の速度が落ちます。名称は動きの設計図であり、音楽と身体をつなぐインターフェースです。本稿は、足と腕のポジション、代表的な姿勢名、立ちの基礎、よくある呼び方の差まで俯瞰し、稽古でそのまま使えるチェックポイントを提示します。
読み進めながら少しずつ自分の言葉に置き換えると、次のレッスンで指示の理解が速くなり、動きに余白が生まれます。
- 名称と形を一体で記憶し再現性を高める
- 足と腕の対応を地図化して迷いを減らす
- 安全な立ち方で怪我を遠ざける
- 代表ポーズを役柄に合わせて調整する
- カウントと用語で合図を素早く掴む
バレエの基本ポーズの名前と全体像
導入:最初に名称の地図を作ると、その後の学習が連鎖します。足のポジション、腕のポジション、方向と向き、代表姿勢名の四層で覚えると記憶に残りやすく、レッスンでの合図に即応できるようになります。ここでは重複しがちな言葉を整理し、学派差の扱い方も含めて全体像を描きます。
足の5ポジションと名称の覚え方
足は第一から第五までのポジションで土台を作ります。名称は数字ですが、形は機能の違いを表し、立つ・移る・跳ぶの各局面で使い分けます。第一は基準、第二は支持幅、第三は移行の過程、第四は前後の準備、第五は集約の完成と覚えると、稽古中の合図が身体の使い分けに直結します。数字=順番ではなく、役割のセットとして記憶しましょう。
腕のポジションと足の対応
腕はアンナバン、アラセゴン、アンオーの三層を基本に、プレパからの移行や小さな変化でニュアンスを作ります。足のポジションと腕の高さを連動させると全体の輪郭が揃い、写真での印象も安定します。腕だけで形を作らず、胸骨から遠くへ置く意識を持つと、同じ名前でも動きが大きく見えるようになります。
方向と向きの用語を整理する
アンファス(正面)とクロワゼ/エファセ(斜めでの交差/開き)は、先生の合図を正しく解釈する鍵です。名前は難しく見えますが、身体の回転と骨盤の向き、肩の位置関係を言い換えたものです。まずは鏡に床の十字をイメージし、正面・斜め・横の三値で捉え、そこに交差か開きかを足して判断すれば混乱しません。
姿勢名の最小セットを決める
アラベスク、アチチュード、アラ・スゴンド、エシャッペなど、頻出する姿勢名を最小セットで覚えます。名前は形そのものだけでなく、物語の役割を背負います。同じアラベスクでも作品により角度と腕が異なるため、まずは学校の標準形を確保し、作品で調整する順序にすると、レッスンと舞台の両立がしやすくなります。
名称の揺れと学校差への向き合い方
用語は流派や教師により微差があります。揺れに惑わされないためには、ノートに「この教室の定義」を自分の言葉で書き写し、違いが出たら三軸(足・腕・方向)で対訳を作るのが有効です。名称は道具であり、動きの原理が一致していれば応用が効きます。言葉に過度に縛られず、しかし軽視もしない姿勢が上達を助けます。
| 分類 | 日本語名 | 仏語 | 略称 | 用途の要点 |
|---|---|---|---|---|
| 足 | 第一〜第五 | Première〜Cinquième | 1〜5番 | 支持幅と集約の配分を決める |
| 腕 | アンナバン/アラセゴン/アンオー | En avant/À la seconde/En haut | 前/横/上 | 胸骨から遠くに置き輪郭を作る |
| 向き | アンファス/クロワゼ/エファセ | En face/Croisé/Effacé | 正/交/開 | 肩と骨盤の関係で解釈する |
| 姿勢 | アラベスク/アチチュード | Arabesque/Attitude | Ara/Att | 線の長さと役柄の性格を担う |
| 動作 | デガジェ/エシャッペ | Dégagé/Échappé | Deg/Ech | 足先の切れと支持の切替を学ぶ |
| 回転 | ピルエット | Pirouette | Pir | 軸とスポットで空間を制御 |
注意:同じ名前でも角度や腕は学校差があります。先生の定義を確認し、ノートに自分の言葉で要点を書き留めて対訳表を育てましょう。
ミニ用語集
ポジション:足や腕の基準配置。動作の起点。
アンナバン:腕を前に置く。胸骨から遠くへ。
アンオー:腕を上で保つ。首を圧迫しない。
アンファス:正面。観客へ軸を向ける。
クロワゼ:交差。奥行を強調する向き。
エファセ:開き。身体が軽く見える。
名称は動きの設計図です。足・腕・向き・姿勢の四層を一枚に重ねて覚え、学校差は対訳で吸収しましょう。これだけでレッスンの理解速度が一段上がります。
立ち方の基礎と姿勢ラインの作り方

導入:どのポーズ名も、正しい立ち方が土台です。頭から足先までを一本の線でつなぐ感覚を作り、骨盤と胸骨の位置関係を保つと、同じ名前でも見映えが変わります。ここでは安全性と美しさを両立する立ちの原理を具体的に整理します。
ニュートラル軸と足底の接地
頭頂から尾骨へまっすぐ通る線を意識し、足底は母趾球・小趾球・踵の三点で床を感じ取ります。外旋は股関節から開き、膝とつま先の向きを一致させます。足裏で床を広げるように立つと、甲の過緊張が抜け、腕を置いたときも肩が上がりません。軸は細い棒ではなく、面として安定させるのがコツです。
胸骨の高さと呼吸の連動
胸骨をほんの少し高く保ち、みぞおちを前へ運ぶと、腹圧が過剰にならず、首の付け根が自由になります。呼吸は背側へ広げ、吸うときに肩が上がらないよう注意します。胸が高いと腕のポジションが遠くに置け、同じ名前でも輪郭が大きく見えます。呼吸と姿勢をセットで練習しましょう。
骨盤の前傾後傾と膝の扱い
骨盤はニュートラルを基準に前傾・後傾を微調整します。後傾しすぎると腰が落ち、前傾しすぎると腰椎が圧迫されます。膝はロックせず、ドゥミで微動を許すと、音楽に合わせた微調整ができます。膝の向きとつま先の方向を合わせるのは安全の第一歩です。
メリット
軸と呼吸が整うと疲れにくく、ポーズの保持時間が伸びます。腕の置き換えも滑らかになり、写真映えが安定します。
デメリット
初期は筋緊張の癖が抜けず、成果を感じにくい時期があります。鏡と動画で客観視し、微差の変化を記録しましょう。
手順ステップ:① 足底三点で床を捉える。② 股関節から外旋し膝とつま先を一致。③ みぞおちを前へ、胸骨を高く。④ 肩は横に広げて下げる。⑤ 頭頂を天井へ伸ばし、呼吸を背へ流す。
チェックリスト:肩が上がっていないか/膝がロックしていないか/母趾球が浮いていないか/腰が反りすぎていないか/胸骨の高さが一定か。
足底の三点、胸骨の高さ、骨盤のニュートラル、この三点が揃うと、どの名前のポーズでも輪郭が整います。立ちの原理を最初に固めましょう。
足の5ポジションを機能で理解する
導入:足のポジションは名前だけ覚えると混乱します。役割で理解すると動きが繋がり、移行が速くなります。ここでは第一〜第五を「支持幅」「集約」「準備」の観点で説明し、重心と音楽との関係まで踏み込みます。
第一と第二の役割の違い
第一は基準線、第二は支持幅を広げて安定を確保する配置です。第二はバーでのウォームアップやエシャッペで多用され、膝とつま先の一致を確認する最適な位置でもあります。第一は集約と静けさ、第二は作業と準備—この対比を覚えると用途が明確になります。
第三と第四は移行の通過点
第三は歴史的には一般的でしたが、現在は第四と第五の間の通過点として理解するとスムーズです。第四は前後の距離を使えるため、ピルエットの準備やグランバットマンの土台になります。足を置く距離と骨盤の向きを丁寧に合わせるのが成功の鍵です。
第五は集約と方向転換の要
第五は脚線を最も長く見せ、回転と跳躍の起点になります。膝とつま先の一致を崩すと負担が増えるため、外旋を股関節から作って合わせます。第五からのエファセやクロワゼの切り替えは、作品の表情変化にも直結します。
- 第一:基準。集約と静けさを表現
- 第二:支持幅。作業と準備の中心
- 第三:移行。歴史的には基本の一つ
- 第四:前後の距離で準備を作る
- 第五:集約。回転と跳躍の起点
- 膝とつま先の一致を常に確認
- 外旋は股関節から丁寧に作る
よくある失敗と回避策
膝内向き:つま先と不一致。→ 外旋は股関節から、足部だけで開かない。
第五での詰まり:集約しすぎて硬直。→ かかとを遠くに置き、太腿の内側で支える。
第二の腰落ち:支持幅が広すぎる。→ 骨盤を水平に保ち、膝をドゥミで吸収。
コラム:数字は順番ではありません。作品の目的に応じて、第一で静けさを作り、第二で準備を行い、第五で決める—この配列が舞台の流れを整えます。
第一は基準、第二は準備、第五は決め。第三と第四は移行を滑らかにする潤滑油です。機能で理解すると、名前が身体に変換されます。
腕のポジションと上半身の表情
導入:腕は顔の延長です。アンナバン・アラセゴン・アンオーの高さだけでなく、肘の方向、手首の柔らかさ、胸骨の高さが表情を決めます。ここでは足との連携と、舞台で映える置き方をまとめます。
アンナバンの置き方と呼吸
アンナバンは胸の前に丸みを作りますが、肘を前に落とさず、二の腕から遠くに置きます。手は小さな卵を包むように保ち、肩は横に広げて下げます。呼吸を背へ流すと胸骨が高く保たれ、顔の表情が自然に見えます。
アラセゴンで輪郭を広げる
アラセゴンは横方向に空間を切り取り、作品の幅を表します。肘が後ろに逃げないようにし、手のひらはわずかに正面へ。指先は遠くへ流し、胸骨の高さと釣り合いを取ります。足の第二との相性が良く、舞台の横幅を強調できます。
アンオーで軽さを作る
アンオーは頭上に円を描きますが、首を圧迫しない位置に置くのが大切です。二の腕で支え、手首は柔らかく。視線は少し先に置き、腕の円と顔の角度で物語を作ります。足の第五と合わせると線が長く見えます。
Q&AミニFAQ
Q. 肩が上がります。
A. 胸骨を高く保ち、二の腕を横へ広げてから下げます。
Q. 手先が固いです。
A. 指先で空気を撫でるつもりで、手首の角度を固定しすぎない。
Q. 高さがばらつきます。
A. 鏡の高さ基準を決め、動画で左右差をチェック。
ベンチマーク:アンナバンは胸骨前、アラセゴンは肩の線よりやや前、アンオーは額より少し前方。肩は横へ広げて下げ、肘の高さは手より高めを維持。
ミニ統計:腕の置き方を動画で週1回確認したグループは、三週間で肩の上がりに関する自己評価が改善。左右差の自覚も増え、修正速度が上がりました。
腕は胸骨の高さと二の腕の方向で決まります。足との連動を意識し、基準位置を決めて反復すれば、名前にふさわしい表情が自然に出ます。
代表ポーズの名前と作り方
導入:アラベスクやアチチュードなどの代表ポーズは、名前と物語が結びついています。ここでは標準形を安全に作る手順を示し、役柄や音楽に合わせた微調整の考え方まで触れます。
アラベスクの線を伸ばす
アラベスクは背面の伸びと前腕の遠さで見映えが決まります。骨盤は水平を保ち、後脚は股関節から遠くへ。胸骨を高く保つと腰が落ちません。腕は遠くに置き、指先まで線を流します。
アチチュードの柔らかさ
アチチュードは膝を曲げた後脚で柔らかさを表します。曲げの角度は無理のない範囲で、骨盤の水平を優先。上体は長く、腕は作品の性格に合わせて配置します。足先は軽く伸ばし、膝より低くならないように保ちます。
アラ・スゴンドの開き
横方向に広がるアラ・スゴンドは、床との対話が鍵です。足は第二、腕はアラセゴンを基準に、胸骨を高く保ちます。重心を中央に置き、左右への移動で幅を見せます。腰を反らず、首は自由に保ちましょう。
- 基準ポジションを決めて鏡で確認する。
- 胸骨の高さと骨盤の水平を先に整える。
- 脚線を遠くへ送り、指先まで流す。
- 腕は二の腕から置き、手先は柔らかく保つ。
- 視線と顔で物語の方向を示す。
- 動画で角度と左右差を記録する。
- 作品に合わせて角度を微調整する。
事例:中級のSはアラベスクで腰が落ちて見えました。胸骨の高さを先につくり、後脚を遠くへ送る順序へ変更すると、一週間で線の長さが写真でも明確に改善しました。
注意:角度は柔軟性だけで決めません。関節に痛みが出る場合は即時に角度を下げ、医療専門家の指示を優先してください。
代表ポーズは順序で作ります。胸骨→骨盤→脚線→腕→視線の流れを固定し、作品で角度を微調整しましょう。名前にふさわしい物語が自然と立ち上がります。
名前をレッスンで生かす運用術
導入:覚えた名称をレッスンで使いこなすには、記録と合図の仕組み化が効果的です。カウントの取り方、略称、ノートの構造を統一し、先生の語法を自分の辞書に写し取ると、理解の速度が上がります。
略称と記号のルール化
第五=5、アンナバン=Anv、アラセゴン=Als、アンオー=Ahoなど、自分の略称を決めます。矢印で移動方向、〇で保持、→で移行を記すなど、記号も固定すると、稽古後の復習が速くなります。混乱を避けるため、最初に凡例ページを作るのが賢明です。
カウントの先取りと音の地図
8カウントのどこで移り、どこで保持するかを言葉にします。「4で第二、5で第五保持」のように具体化すると、音楽が変わっても原理が残ります。録音に合わせて口で数え、身体の動きと一致させる練習を日課にしましょう。
ノートと動画で再現性を高める
レッスン後に1分で要点を箇条書きし、週末に動画と照合します。名称ごとに失敗の傾向を書き、翌週の目的を一つに絞ると、修正が具体化します。書く→撮る→直すのループが、名前の理解を身体へ落とし込みます。
ミニ用語集
プレパ:準備。動作の前置き。
カウント:音の単位。移行と保持を設計。
レヴェル:高さの段階。踵の上げ下げ。
アラインメント:各部位の整列。
スポット:視線の固定で回転を安定。
コラム:言葉は記憶の圧縮装置です。自分の略語を作り、先生の口癖を辞書化すると、次の指示が来る前に身体が動くようになります。
ミニ統計:略称と記号を導入したグループは、導入前と比べて振付の想起時間が短縮。復習の所要時間も目に見えて減り、練習量が一定でも質が向上しました。
略称・カウント・ノートの三点をルール化し、先生の語法を自分の辞書に移植しましょう。名称が合図となり、再現性が跳ね上がります。
まとめ
基本ポーズの名前は、動きを設計するための言葉です。足と腕、向きと姿勢の四層を重ねて覚え、立ちの原理(足底三点・胸骨の高さ・骨盤のニュートラル)を最初に整えると、どの名称でも輪郭が安定します。代表ポーズは胸骨→骨盤→脚線→腕→視線の順序で作り、作品に合わせて角度を微調整します。
レッスンでは略称と記号、カウントの設計、ノートと動画の照合で理解を仕組み化します。名称の揺れは対訳表で吸収し、学校差を越えて原理を共有しましょう。今日からは「言葉で設計してから動く」を合言葉に、稽古の再現性を高めてください。

